現代サッカーにおいて、独自の哲学で強烈なインパクトを放つ監督たちがいます。その中でも、イヴァン・ユリッチ監督のサッカーは、一度見たら忘れられないほどの熱量を持っています。
ユリッチのチームが見せる、まるでヘヴィメタルのドラムのように激しいプレッシングと、ギターリフのように畳み掛ける攻撃(ユリッチ監督はデスメタル好き)。その根底には、師であるジャンピエロ・ガスペリーニ監督から受け継いだ「マンツーマン」思想があります。
「ユリッチの戦術は複雑で難しい?」「マンツーマンって、結局どういうこと?」
この記事では、そんな疑問を解消するために、イヴァン・ユリッチ監督の戦術を基本となる考え方から攻撃・守備の特徴まで、誰にでもわかりやすく解説していきます。
イヴァン・ユリッチの戦術とは?基本思想とフォーメーション
ユリッチ監督の戦術を理解するためには、その基本的な考え方と、選手たちが立つピッチ上の初期配置(基本フォーメーション)を知ることからです。
ベースとなる「3-4-2-1」システム
ユリッチ監督が一貫して採用するのが「3-4-2-1」というフォーメーションです。これは、3人のディフェンダー、4人のミッドフィルダー、そして3人のフォワード(1トップ2シャドー)で構成されます。
このシステムの最大のポイントは、各選手が「人」を基準にポジションを取ることです。一般的なゾーンディフェンスが「スペース」を守るのに対し、ユリッチ監督のチームは「相手選手」を捕まえることを最優先にします。そのため、この「3-4-2-1」は、相手を捕まえやすいように最適化された配置だと言えるでしょう。
フィールドのいたるところで1対1の状況を作り出し、球際で絶対に負けない。その激しいデュエルに勝利することで、試合の主導権を握るのが基本的な狙いです。
ガスペリーニ監督から受け継いだ哲学
この独特な戦術のルーツは、現在ローマを率いる名将、ジャンピエロ・ガスペリーニ監督にあります。ユリッチ監督は現役時代にガスペリーニ監督のもとでプレーし、指導者としても多くを学びました。
ガスペリーニ監督の代名詞もまた、超攻撃的なマンツーマンサッカーです。ユリッチ監督はその哲学を色濃く受け継ぎ、ボールを奪われた瞬間にスイッチを入れ、相手に考える時間を与えずにボールを奪い返す「即時奪回」のプレッシングをチームに植え付けています。
師弟関係にある2人の監督のチームは、試合を通じて走り続ける圧倒的な運動量、球際の激しさ、そして全員が攻守に関わり続ける献身性といった共通点を持っており、現代サッカーの中でも異彩を放つスタイルを確立しています。
攻撃の最大の特徴「ボールではなく人へ」
ユリッチ監督のチームの攻撃は、守備と表裏一体です。激しい守備でボールを奪った瞬間から、畳み掛けるように攻撃がスタートします。その根底にあるのも「人」への意識です。
数的優位を作るためのポジショニング
攻撃のスイッチが入ると、選手たちはボールホルダーを助けるために一斉に動き出します。重要なのは、ボールのあるエリアに多くの選手が顔を出し、瞬間的に「数的優位」を作り出すことです。
例えば、サイドでボールを持った選手に対して、近くのシャドーやボランチ、さらには3バックの一角までもがサポートに駆けつけ、2対1や3対2の状況を作り出します。これにより、相手の守備をこじ開け、パスコースを確保するのです。選手たちは常に周囲の状況を見て、最も効果的なポジションを取り続けることが求められます。
ショートカウンターを狙う縦に速い攻撃
ボールを高い位置で奪うことを目指すユリッチ監督のチームにとって、最も得意な攻撃が「ショートカウンター」です。
相手陣内でボールを奪うと、選手たちはゴールへ向かって一直線に突き進みます。後方でじっくりパスを回すのではなく、少ない手数で、できるだけ速くゴールに迫ることを意識しています。前線の3人(1トップ2シャドー)は常に相手の背後を狙っており、ボールを奪った瞬間に、彼らへ鋭い縦パスが供給されます。このスピード感あふれる攻撃は、相手ディフェンスが陣形を整える前にフィニッシュまで持ち込むことを可能にしています。
守備の代名詞「マンツーマンディフェンス」
ユリッチ監督の戦術を語る上で、絶対に欠かせないのが「マンツーマンディフェンス」です。これはガスペリーニ監督から引き継いだ、彼のアイデンティティそのものです。
フィールドプレーヤー全選手が担当の相手を徹底マーク
マンツーマンディフェンスとは、その名の通り、フィールドプレーヤー全員がそれぞれ決められた相手選手を1対1で徹底的にマークする守備戦術です。
相手がどこに動こうと、トイレに行こうと、担当のマーカーは影のようにどこまでもついていきます。これにより、相手に自由な時間とスペースを与えず、パスの受け手を限定させ、ボールを奪うことを狙います。この戦術を90分間遂行するためには、1対1で負けない強さと、最後まで走り切れる体力が全選手に求められます。
マンツーマンの弱点とそれを補う工夫
しかし、このマンツーマン戦術には弱点もあります。それは、1人でもマークを剥がされてしまうと、一気に広大なスペースを使われ、ピンチに直結しやすいという点です。
特に、ドリブルで局面を打開できるような優秀な選手を相手にした場合、1対1で抜かれてしまうと、カバーリングが間に合わずに失点するリスクが高まります。
ユリッチ監督はこの弱点を補うために、選手間の距離をコンパクトに保つことや、危険な場面では担当マークを捨ててでもボールホルダーへアタックする「チャレンジ&カバー」の意識を徹底させています。完璧に遂行するのは非常に難しい戦術ですが、だからこそ、ハマった時の強度は他のどのチームにも真似できないほどのものになるのです。
まとめ
イヴァン・ユリッチ監督の戦術解説はいかがでしたか?彼のサッカーのキーワードは、何と言っても「マンツーマン」です。フィールドのあらゆる場所で繰り広げられる1対1の激しいデュエル。それは、ボールを奪うための守備であると同時に、相手ゴールを陥れるための攻撃の第一歩なのです。
選手全員が担当の相手を追いかけ、ボールを奪えば一気に縦へ突き進む。その攻守が一体となった超ハードなスタイルは、観る者の心を揺さぶる熱量を放ちます。
この記事を読んで、「この監督はこんな戦術を使うんだな」とイタリアサッカーの新たな魅力に気付いていただけたなら幸いです。


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